ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No41
 6月30日朝、釜山のホテルのロビーでツアーコンダクター(TC)が帰国する私達を待っていた。
「おはようございます。試合はいかがでしたか」と聞かれたので、帰国のため、港まで送迎してくれるライトバンに乗り込み、あれやこれやと答えながら、世間話を始めた。
 その中でTCは別にいつものコトさといった口調で「朝のニュースはW杯の話と北朝鮮との銃撃騒動ばかりでした」と、言った。
「それはいったい」と、聞いてみると「昨日6月29日午前10時25分、韓国西方黄海上で、韓国と北朝鮮の警
備艦艇間同が士の あったんですよ。韓国海軍の4人が射殺され、19人が負傷してしまいました。覚えていますか、昨日の試合前に黙祷が行われたの。あれは、銃撃戦で死んだ兵士に向けての黙祷だったんですよ」と、言った。


 言葉が出なかった。
 スタジアムに向かう前、ホテルのTVに映っていたミイラ男は、戦闘で負傷した兵士だったのだ。
 何も知らなかった。
 そのコトが恐ろしくて仕方なかった。自分の知らないところで、韓国と北朝鮮が戦闘していたのに、ワケのわかんない土産物巡りをさせられ、うんざりしながらも試合を楽しみ、黙祷の意味も判らなかったコトに情けなさのようなものを感じた。それは、この事件を知っていても何も出来ないというコトがイヤというほど思い知らされたからだ。例えば、黄海上で行われた銃撃戦が大きくなって、少々大げさだけど、釜山まで飛火したとし、試合が中止になっても、なんにも出来ない。それは、新聞を読んだりニュースを見ても、銃撃戦を知っていたとしても、同じだというコトに、その無力さに情けなさを感じた。結局、事件は“単なる世間話”として処理され、当たり前のように、今度は、キムチやクッキー、チョコレートが売られている店に立ち寄り、やっぱり何も買わぬまま、釜山港に浮かんでいるパンスターフェリーに乗船した。
 19時30分、パンスター号フェリーのレストランに大型スクリーンが設置された。普段はしないが、W杯の決勝戦ということで、特別に用意されたのだろう。
 部屋で観戦しても良かったのだが、韓国人と試合を見ようと、Tさんとスクリーン前に席を確保した。
 私の右隣はTさんで、左隣は私の両親と同年代と思われる、頭の禿げ上がった韓国人だった。この人は、日本語が話せたので、日本行きの目的を聞いてみると、自分は韓国の大学教授で、ゼミの学生とともに姫路城等、日本建築を見学に行く途中だと言った。教授は全然教授らしくなかったが、周りにいる男子学生は、 誰もがいかつい体をしていた。徴兵制があるのだということを思った。そして、銃撃戦で死んだ兵士のコトを思った。
 私の前に見慣れぬサッカーユニフォームを着た日本人がいる。どこのユニフォームかと聞くと「トルコのガラタサライだ」と、言った。


 決勝戦は面白かった。W杯の決勝戦に相応しい試合だった。大学教授は、野球しか見ない両親には見られない、サッカー観戦ならではのアクションをしてくれて、面白かった。韓国人も日本人もロナウド選手の“大五郎カット”に笑う。コリーナ主審の“たこ焼き頭”に笑う。
「やっぱ、世界中でも、あの髪型や、あの主審はわらえるんだ」と、韓国の人を他人と思えず、それがとても嬉しかった。
 大学教授が「どちらを応援していますか」と、聞いて来たので「別にどちらが勝っても関係ないんで、どちらでも…」と答える。ちょっと、ムッとされたが、鸚鵡返しに同じコトを尋ねてみると「当然、ブラジルです。ブラジルには“韓国の仇”を取ってもらわないと」と、声を張り上げた。その、韓国人の観戦意識を見ていた私には、あまりに予想通りの答えが、なんだか可笑しかった。


 ハーフタイムが来た。
 TVは韓国の放送会社がやっているため、韓国代表の名場面が流れ始めた。
 韓国の“イヤミな部分”を見たような気がしたアメリカ戦でゴールを決めた安貞桓選手の“スケートパフォーマンス”が流されたアト、準決勝でドイツに失点を喰らう場面が出てきた。
 なんとはなく、振り向いてみると、大学教授の向こう側に座っている女学生の頬に涙が流れているのが見えた。98仏杯予選で日本がホームで韓国に逆転負けを喫した試合終了後、スタンドで泣く女の子をTVで見たことはあるが、とっくに終わった試合の失点シーンで涙を流す人を私は初めてみた。
 何かで読んだんだが、韓国国内では、準決勝で自分達を負かした相手、ドイツがドーピングをやっていたため、失格になり、決勝には韓国が進むというデマが流れていたという。その諦めの悪さにも付き合いきれない感を覚えていた。が、こうやって泣いている娘を見ると「なんて純粋な娘なんだろう」と、思え、覗き見しているみたいな自分に照れはしたが、付き合いきれない感はさらに増した。ので、正面を見ると、今度は安貞桓がイタリアを沈めたゴールデンゴールのシーンが登場した。


 その時、私の前に座っていたガラタサライのユニフォームを着た男が大声で『ブッー』と、今まであった友好ムードをぶち壊すのに充分なブーイングを、かましてくれた。
 当然立ち上がり、部屋に戻る韓国人。
 Tさんも空いた口が塞がらないといった顔で「部屋に戻ります」と、席を立った。
 当然、私も席を立つと、スクリーンの前はその男一人になった。
 部屋のTVでも試合は見られる。が、直ぐに部屋へ戻る気にはなれず、展望デッキへと歩を進めた。


 確かに誤審はあったし、あの試合は特にそうだと思われている。そんなことは必要ないと思うが『誰かがお前等は誤審で勝てたんだ』と、言うべきだと思っている人がいても仕方がない。が、ガラタサライ男のやり方では、相手にされないのは当たり前で、逆に負け犬の遠吠えと思われ、軽蔑されるだけだ。


 試合会場で出会ったカメラ男は『誤審問題で騒ぐ人間達は何も判っていない』と、偉そうにしていた。が、偉そうにしている間に、誤審であろうがなんだろうが、自分達は強豪国を打ち負かすことが出来たという自信を得た韓国に予選で負け、日本がW杯出場を逃したら、たまらない。


 全く違う二つの態度を見たが、どちらのやり方も卑屈にしか思えなかった。
 だからといって、ベストな方法は全く思いつかなかった。
 今回これを書くにあたって、W杯に関連するたくさんのコトを知った。TVで全試合観戦できない理由。オフィシャルパートナーやオフィシャルサプライヤーの特権。韓国人がW杯を観戦できなかった理由。チケットの配分方法などなど。
 が、知っただけで、例えば、チケットを購入する際、変な会社に振り回されないためにはどうすれば良いかなんて、全く思いつかなかった。対抗策を思いつかないと、知ったところでどうにもならない。それは銃撃事件に対しての思いと全く同じだった。
 そういういろいろな思いが、展望デッキで吹いている強い風に変わって、頭をガンガン叩いているようで、どうしようもなかった。


 展望デッキには先客がいる。4人の老人。誰もが暗闇に落ち込んだ海を眺めている。どうやら韓国人のようだ。
『あの年代は、日本が植民地支配していた頃の人だ。日本人だと判ると、なんか皮肉を言われるかもしれない。もしかしたらガラタサライ男のブーイングを聞いていたのかもしれない』と、思ったので、お近づきにならないようにと気をつけていたのだが『あまり、会いたくないな〜』とか思っている人に限って近づいてくる信号魔には、国籍が違っても、しっかり寄ってくるようで、そのうちのひとりが「日本人ですか」と、日本の植民地時代に覚えたであろう、日本語で話しかけてきた。「はぁ〜」と、返事をすると、微笑のまま何も言わない。沈黙が怖くなったので「日本へは何をしに行かれるんですか」と聞いてみた。すると4人のうちで最も元気な一人が、闇に包まれた海の上を指差し「あの山の向こうに大宰府という町があります。あなた日本人なら知っているでしょ」と、片言の日本語で言ってきた。唖然としたこちらを置いてけぼりに彼は「昔、あそこに菅原道真という学者が京都から流されて来ました」と、声をあげ「道真は、流される時、歌を詠みました。知っていますか。こちふかば〜、こちって判りますか〜。東からの風のことです。東の風を東風というのです『東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな』ってね。この歌を教えてくれた先生に会いに行くんです」と、微笑した。


 その忙しい話し方に圧倒されつつ、優しげな態度に安心した私が「お気をつけて」と言うと、ありがとうございますと、口々に言いながらお辞儀をし、展望デッキを降りていった。年配の人にお辞儀をされた経験がないため、照れながら、最後の一人が見えなくなるまで微笑していると、展望デッキにひとり、残されていた。


 船は東に向かって進んでいる。ために風は行きと違い、東から吹いている。東風であった。その強風に吹かれながら、あの植民地の時代を生きた老人達は、菅原道真の歌を教えたぐらいだから、日本人の先生に会ってどうするのだろうということを考えた。あれだけの陽気さを持って喋るトコロを見ると、恨み言を言うのではないだろうと思うと、頭を叩かれているような感覚がなくなっていた。


 頭を叩かれるような感覚がなくなったからといって、問題が解決されたわけではないが、対抗する事はとても難しいというコトだけは忘れないように。だから、安易に考えるのはやめようという、つまんない結論だが、そういうことを思った。思うと気分が少し楽になった。
 だからまたまた、つまんないコトを思った。それはあの老人達のコトだ。『せっかく梅を詠った歌を教えてくれた先生に会いに行くんだったら、6月じゃなくて、梅の季節にすればいいのに』と、タイミング悪いな〜と、余計なお世話ながら、思ってしまった。
 と、いう事を書いていると、独杯予選が始っているのに、02年杯の事を書いているワケにもいかないので、ここで、この観戦記もおわりにします。


 ながながとありがとうございました。(おわり)  

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