ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No40
 忙しすぎる前半が終了し、ハーフタイムに入ると「テーハンミングッ」の熱気に覆われていた時には気付かなかった、肌寒さがカラダを包んだ。

「この試合を、誤審だ誤審だと韓国の躍進にケチをつけている奴等に見せつけてやりたいですね」と、隣に座るカメラ男に話しかけられた私が「それはどういう意味か」と言った顔をすると

「韓国は前半だけで、日本がトルコに向けて放ったシュートの総数と並んでいます。これは前へ前へという意識が日本と全然違う証拠です」と韓国の強さに驚
嘆・心服したという顔をしながら言って来た。それに対して、こちらが何も言わないでいると「『韓国が勝ち上がれたは誤審のおかげ』なんてコトを言っていたら日本、来るべきW杯予選で“こてんぱん”にやられてしまいますよ」と、自分も日本人であるのに、他人事のように、それも“偉そうに”、付け足してきた。
 別に数字を出してもらわなくても、韓国の方が『硬いな』という印象を持った日本よりも攻撃力があるというコトは判っていた。それは、相手よりもたくさん走り、サイド攻撃をしかけさへすれば、必ずゴールは割れるという、自信に満ち溢れている 事が、びしびし伝わってくるプレーを幾度となく、見せられていたからだ。
 誤審に助けられたというコトがあったにせよ、彼等は自信を手に入れた。そのコトを見せつけられた前半だった。だから『来るべきW杯最終予選で韓国と当たれば、日本、やばいかも』と、思ったりしていたので、カメラ男の科白に納得している自分がいた。が、こうやって、ペラペラと韓国の強さを日本は駄目みたいなコトをいう人間を前にすると『2点も先行されている以上、攻めまくるのは当たり前でしょう』みたいなコトをいってやりたくなったが、言えなかった。


「トイレ行ってきます」
 Tさんが、聞くに堪えないといった顔で席を立った。それを幸いに私も席を立った。
 トイレまでもトイレの中も、もちろん韓国人ばかりで騒がしい。 どの顔も負けている国のサポーターの顔に見えなかった。『二点差なんて』と思っていたのだろうか。良く判らないが、みんなのんびりした顔を晒し歩いていた。
 それでも、後半のキックオフ間近になると「テーハンミングッ」の大合唱が始まる。
 立ち上がり、トルコのセーフティーファーストに攻め手を失っていた韓国だったが、6分、右サイドの宋鐘国が華麗なステップでペナルティーエリアに侵入、ゴール上にそれはしたものの、見事なシュートを放つ。
 12分、安貞桓のポストを受けた李乙容のシュートはGKがキャッチ。
 たまらず、更に引いて守るトルコにサイドのスペースを潰され、逆襲を喰らう。が、致命的なミスのため、交代を余儀なくされた洪明甫に変わって登場した金泰映がラインを高めに保ち、トルコをオフサイドの網にかける。
 試合は再び膠着状態となり、収まる「テーハンミングッ」。
 20分、韓国、李乙容に変えて車ドゥリが右FWの位置に入る。右FWだった薜鉉が左FWに。左FWの李天秀が一列下がって左SHだった李乙容の位置へポジションチェンジ。
 それでも試合は動かない。
 34分、薜g鉉に変えて崔兌旭。
 ここで試合が動いた。
 35分。宋鐘国からボールを受けた車ドゥリは、ペナルティーエリアに侵入するかしないかの位置でシュート、大きくゴール右にそれる。
 今度は崔兌旭、サイドに切れ込みセンタリングするもトルコ、クリア。
 37分、安貞桓から車ドゥリ、折り返して安貞桓のシュート。ショートコーナーから李栄杓のシュート。はじかれたボールを安貞桓がオーバーヘッド。息もつかせぬ展開に再び大きくなる「テーハンミングッ」
 38分、右サイド、車ドゥリのドリブルからのシュートはトルコDFに当たって大きく枠の外。
 その時「テーハンミングッ」に混じって「車ドゥリ〜」と、なんとも言えないような、恐らくは50歳を超えているであろう男性の声が後席から聞こえてきた。
 40分、彼が右サイドを駆け上がるとふたたび同じ声色が響く。 とはこういうコトかと思った。


 幾度となくJリーグを見た。代表戦も10試合は見た。しかし、こういう声援は一度も聞いたことがなかった。聞くところによると、車ドゥリ選手のお父さんはドイツで10年間もプレーした名FWだったという。
 海外でプレーした選手は日本にもいる。が、その息子さんまで代表選手なんて親子は聞いたことがない。駄目な子を嘆くような声援を上げた韓国の叔父さんは、昔、車ドゥリ選手のお父さんが、負けている試合で逆転ゴールを挙げ、チームを勝利に導いた場面を幾度となく見たに違いない。だからこそ『車ドゥリ〜、お前もやってくれよ〜』という声が出たのだろう。長くやっているから、強いから伝統があるのではなく、選手に対して嘆声を発するような人がいる環境が、伝統ということかもしれないと、書いてみるととっても当たり前のことだけど『韓国が日本より上にいけたのは伝統の違い』と、誰かが言っていた時『伝統、伝統って言うけど、伝統を実感したことはないな』と、思っていたその実感というものを、こういう形で感じるとは、思いもしなかった。


 ロスタイム、宋鐘国のゴールがその車ドゥリ選手の背中に当たって、トルコ3―韓国2.
 前半李乙容が、直接フリーキックを叩き込んだときと同じように、大歓声とともに人々が立ち上がり、視界が暗くなった。
 この日最大の「テーハンミングッ」。
 GKを除く全員がトルコ陣内に挑む。が、1分やそこらでは、さすがに、どうしようもなく、試合終了の笛が鳴った。
 鳴り始め、止まらない拍手。


「早く出なければ」とTさんが言ってきた。
 その通りだった。予約した、ホテルのある釜山までの、韓国版新幹線セマウル号は東大邸駅を9時45分初になっていて、現在9時15分。
 ピッチを見やると、両国の選手がユニフォームを交換している。最後まで見届けたかったが、やむ得ない。後ろ髪を引かれる思いで席を立った。カメラ男には挨拶しなかった。また、偉そうなことを言われそうな気がしたからだ。


 バス停に行って驚いた。試合が終わって直ぐ出たにも拘らず、もうすでに、何百人もの韓国人が並んでいた。


『この人達は…』と、呆れていた。試合が終わって直ぐ出てきた私よりも前いるということは、ここの人達は試合終了のホイッスルが吹かれる前に会場を出て来たコトになる。ということは、この人達、自分達のチームがしか、興味がない韓国人なんだとしか、理解しようがなかった。さらには、五大会連続でW杯に出場し、今大会はベスト4まで進んだ韓国がW杯出場を逃した時、この人達はどうなってしまうのか。それが対日本戦で起こった時、韓国にどんな論調が生れるのかというコトを考えたりした。


 後からTVで、この後、韓国とトルコの選手が互いの健闘をたたえ合いながら、場内を一周するのを見た。その友好ムードより、試合終了前に出て来たに違いないから、自国の勝利以外は見たくもないといった、人達にW杯で勝つ国が持つサポーターを見た思いがした。


 幸いバスは大量に止まっていた。
 行きしのバスの運転手と同じような叔父さんは、韓国語が喋れないから、このバスは何処行きですかと、いった顔をした私に気付くと「トンテグ、トンテグッ〜」と、すさまじい怒鳴り声を上げた。
 乗り込むとまたガラガラ状態でバスは走る。
 窓外に、まだたくさんの人がバスを探している。バスの扉が叩かれる。今度の叔父さんは無視しない。が、窓を開けるや「トンテグ、トンテグッ〜」と、叫んで閉めてしまった。『トンテグ(東大邱駅)に行きたい人がいたら、どうするんだろう』といった顔の私を無視して、叔父さんは扉を叩かれるたびに「トンテグ、トンテグッ〜」を連発した。


 行きでも通った大型道路から、山麓に引っかかるようにして先程までいたスタジアムが見えた。背後に花火が上がっている。真っ黒な山肌できらきらと光っているスタジアムは、宇宙船のように見えた。
 あのまま飛んで行っても、あそこに居座ったままでも、もう二度と来ることはない。そう思うと、決勝戦があるにも拘らず、W杯の全てが終わった感がして、ひどい疲れを感じた。
 同乗の韓国人達はどう思っていたのだろう。悔しさをかみ殺していたのかもしれないが、打ち上げられる花火が、眠気を誘い、表情を読み取ろうという気分が起こらなかった。花火を見ながら眠くなるなんて初めての経験だった…(つづく)。    

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