ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No33
 階上に偽ブランドショップを有する眼鏡屋の隣、6b道路をひとつ隔てた先にあるW杯グッズを山と売る店にいる。
 三位決定戦が行われる、釜山市から130`の彼方にある大邱市までタクシーで行くという、日本代表のユニフォームを身に纏った5人の日本人はすでに去っている。
 この店、日本で言えば、京都は四条通で、修学旅行生や観光客相手に、芸能人の下敷きやポスターを売っているそれと、ほとんど同じ外観をしている。ここも同じように、平素は芸能人のグッズを売っているのだろうか。その辺りのことはよく判らない。ただ、今W杯の名シーン、例えばアンジョンファン選手がイタリア代表を沈めたゴールデンゴールのシーンを、早速にTシャツの柄にしてしまうところが、韓国人の商魂のたくましさを感じさせてくれていて、おもしろい。
 京都の観光客が集まる通りや名所には、必ずと言っていいほど、こういう店があるのと同じように、釜山市内の他の観光地にも、いくつかこういう店舗があると考えられるが、何故か再び日本人の一団がやって来た。どの顔も若い、男女4人組で。
 彼彼女達の集団には、ツアーコンダクター(以降TC)や、先の5人組が連れていたタクシー運転手といった、韓国人の顔はない。恐らくは自分達だけで飛行機や何やかやを手配してきたのだろうと思ったので、誰とはなしに「どうやって来たのか」と、聞い
てみると、果たしてそうであった。
 4人は、私とTさんが最初に計画していた旅行を実践していたワケだが=W杯歓戦記4参照=『そういうコトが可能なのは、こういう武器を持っているからだよ』と、言わんばかりにペラペラと、韓国語で、真っ赤な衣装に身を包んだ店の叔母さんとやり取りを始めた。
 どうやら値段の交渉を始めているらしい。
 私にはなにが面白いのか理解出来ない事でも笑い、盛り上がっている。ひとりふたりではなく、4人全員が喋り理解出来ていた。パンスター号船内で大男に出会った時=W杯歓戦記29参照=もそうだったのだが、語学に堪能というだけで、立派な人達に見えてくる。が、この店を一人で切り盛りする韓国人の叔母さんは、彼彼女達を『韓国語がうまい日本人』とは、どうやら思っておらず、ただの韓国人と思っているようだった。
 無理もない。4人は韓国語を自在に操るだけでなく、全員が韓国代表のユニフォームに身を包んでいたからだ。
 その赤いユニフォームを眺めながら、イングランドとアルゼンチンの試合が行われた厳重警備の札幌で、イングランドの勝利に湧くイングランド人サポーターとイングランド代表のユニフォームを着て騒いでいる日本人をカメラに捉えた外国のTV局が『どうして日本人は母国以外のユニフォームを着、そして喜んでいるのか』と、不思議がっていると書いた雑誌を読んだコトを思い出した。
 私とTさん、札幌の様子を羨みながら「三位決定戦に出てくるチームのユニフォームをそれぞれ着ていこう」などとのたまっていたので、その記事を読んでも『盛り上がれるから、着てるに決まってんじゃん、どうしてガイジンはそんなコトを不思議がるんだろう』と、逆に不思議がっていたのだが、韓国代表のユニフォームに身を包んだ4人を見、その後、TCに連れられて行ったお土産屋さん巡りの3件目、最後の一ヶ所で、そのことがどれだけ不思議なことであるかに気付かされた。
 3ヶ所目は、8階建デパートの最上階にあった。
 展望台を兼ねた直通エレベーターが付いている。真赤な衣裳と黒い帽子の、立居振舞いからして、充分に立派なエレベーターガールがいる。
 そのことが『セレブな場所へ向かうのです』というコトを、暗に示してくれている。が、私は言うに及ばずTさんも、(横に)大きい女の子と小さい女の子も、明らかに安っぽいTシャツにジーンズやスカートで、とても百貨店の最上階まで直通エレベーターで送ってもらえる方々ではない。カッコウはイマイチでも、仕草さや醸し出す雰囲気がセレブなら、別に卑屈になる必要もないのだが、そうでもない。さらにいえば、偽ブランドショップに連れて行かれた後なので、誰もが疲れ切っており、ため息こらえているような顔を『釜山の町並みが見下ろせるように』と、設けられた展望ガラスに映していた。
 TCも同じく、エレベーターガールとはなんの言葉も交わさず、流れに身を任せ切っている。
 それら無表情な5人を乗せたエレベーターが音もなく止まり『古に栄えし宮殿もかくや』といわんばかりに仰々しく、開いた扉の向こうに…

 眩暈を感じた。

 威圧感と眩しさに包まれるたそこは、高級ブランド店が並ぶ免税店街。
 きらびやかに装飾されたブランド名が、計算し尽くされているのだろう、ほんの数ミリの影も許さないといったライティングの中に浮かんでいて、見事なまでの高級感と、排他的な世界を作り出している。
 重い腰を上げるといった足取りを見せるTCの後を、のろのろぞろぞろ我々は、乗り込むときには無表情で、なんの反応も示さなかったエレベーターガールのお辞儀を受けながら連いてゆく。
 最後にエレベーターを降りた私、彼女と目が合った、笑われていた。


『明らかに場違いだ』


 きらびやかな世界の前室ともいうべきエレベーターホールに設けられている小さなテーブルセットに座らされると、高麗人参で作られたというお茶が出された。
 ともかくも飲んだ。気付けば、この日朝から何も食べていなかった。だからだろう。ただうまかった。
 飲んでいる最中TCは、こまごまとした注意を与えてきたが何も覚えていない。Tさんも同じくだった。
 ただ、ここで何分かの自由時間が与えられたことは確かである。

 高級ブランド店一つ一つの入口に色とりどりのスーツを着た韓国美人が配置されている。
 お茶を飲んだ以上はブランド品を買わなければならないワケもなく、欲しい物など、あるワケもなく「お土産に…」と、あげる相手がいるワケでもないが「とりあえずは…」と、店舗巡りをしているのが一発でばれる面を晒し歩く私のような者にさえ、目が合う度に会釈する優しい韓国美人もいれば、無視を決め込む韓国美人もいた。
 無視する店員の配置されている店が、客を無視しても、どってことない程人気のある店であるかどうかという興味すら湧かなかったし、その事に関しては別になんの腹ただしさも沸いてはいない。
 ただ、無視される度に、それらとは全然別な腹ただしさが芽生えていた。
 それは、このツアースケジュールのことだ。これはいくらなんでもやりすぎではないだろうかと、本気で腹が立っていた。
 お土産屋さん巡り最初一ヶ所である紫水晶屋専門店はいい、その次だ。
 眼鏡屋の二階にある偽ブランドショップのことだ。
 あんな店で買物をする日本人なんていないと思いたい。が、ひょっとすると、一人くらいは「偽ブランドでもいいから買おう」という人がいるかもしれない。
 しかしそのひとり『次のお土産物屋さんですよ〜』といって連れてこられた、このデパート最上階高級ブランドショップ街で、はたしてどのような顔をするのだろうか。
「偽ブランド品屋で買物させておきながら、本物のブランド品まで買わせようとするとは、どういう事だ」と、怒り出すに違いないと思われるが、それより何より、ツアースケジュール組んでいる韓国人達の誰かが「怒り出す日本人がいるかもしれへんから、スケジュールの組み直し、しとかへんか」と、何故、言い出さないのか、不思議でたまらなくなった。
 1件目『紫水晶を売る店』で『紫水晶の晶洞』という、馬鹿でかい物が平然と売られているのを見た時『日本人、なんでも買いよんで』と、思われているようだと、考えた。そして、2件目『偽ブランド屋』と3件目『本物を売る免税店』の両方をセットで回るツアースケジュールが平然と組まれている背景には『日本人、ブランドロゴが付いてりゃ、ニセモノホンモノ関係なく、なんでも買いよる』と、思われてるコト以外に納得のいく答えが見つけられなかった。



 眼前の店員は、我々を完全に無視している。
 ショーウインドウを照らす光の中に浮かんでいる黒いバッグが、先の偽ブランド屋で見た物と良く似ている。

 そういう場所にいるせいだろうか。
 先の結論を出した自分と、現実の自分に腹が立っていた。
 実は私の鞄の中に、日本から持参して来た韓国代表ユニフォームが入っていた。試合観戦の記念にと、4年前、ソウルで購入したシロモノだった。

 実はこのユニフォーム、ニセモノである。ホンモノには当然付いている筈のスポーツメーカーのロゴマークがないのだ。
 私はそれを知っていたが、安いからと購入していた。
 それはまさに、韓国人が考えている日本人像そのままだった。さらに言えば、自国以外の試合を、自国以外のユニフォームを着て盛り上がろうとしていたので、外国人が不思議がる日本人そのままでもあった。

   この時、自分が何を観戦しに行くのか判らなくなった。
『私達はまだまだW杯を楽しんでるの』みたいな顔で、船上にいた韓国人達の顔を思い出した。
 後から読んだのが、外国人に言わせると他国のユニフォームを着て盛り上がっている日本人は愛国心とやらに欠けているそうだ。  
 愛国心などという字には、それまで余り馴染みがなかったので、突然にそれを見せられても、どう対処していいのか困ってしまった。なので、韓国はどうかと調べてみると、チケットが高すぎるという問題があったにせよ、韓国人は他国の試合にまったく興味を示さなかったことを気付かされた。
 例えば、あまりにガラガラではマズイと、韓国はソギホで行われた『パラグアイVSスロベニア』の試合会場に、穴埋動員された韓国人達は、当のピッチ上で行われている試合を無視し


『テーハンミングッ(大韓民国)』


と、叫びながらウェーブを繰り返していたことを、知った。
 私を含む日本人もまったくだが、韓国人もやりすぎではないかと、思わざるを得なかった。
 持参したユニフォームを着て観戦することかどうか、恥ずかしいからといった理由でどうしようか迷っていたが、この高級ブランド店街ではっきりと着ないことを決めた。
 そして試合会場では、韓国代表の試合を観戦する真っ赤な観客達から、どれほどの愛国心が感じられるかを確かめたく思った。

 プレイする選手は関係ない。彼等は、相手のゴールにボールを蹴り込むという目的のために、肉体を酷使しているのであって、愛国心やそんなものが入り込む余地はないからだ。  日本国内でTVを見ているだけでは気付かないコトでも、外国人と会って、彼等の行動を行動を両目で見れば沢山のコトが気付けるだろうと、期待した。
 02年W杯は残り2試合しかない。その最後から二番目の三位決定戦観戦のため、私は韓国は釜山にいる。すでに62試合を消化していた。
「あと1・2試合でも多く観戦出来ていれば、もっと沢山のなにかを見ることが出来たのに…」
そう思いながら、ブランド店街を抜けるとTCが待っていた。
 少し疲れた顔をしてる。眼鏡屋の二階で挑戦的な声を出した時とは、明らかに違う『変なトコロに連れていって申し訳ない』といった顔のようにも見える。ちょっとかわいそうに見えてきた。が、それでも、この人と私はTCと客の関係であるから、腹ただしさも手伝って

「偽ブランド屋があった場所は、いったいどういうトコロですか」
と、聞いてみた。
「繊維問屋が集まっている場所です」
 二の句を告げようがないといった強い言い方だった。
 当然私は、あそこが釜山市のなんという所であるかを尋ねたかった。
 『眼鏡屋の二階に偽ブランドショップがある』という、究極にヘンな場所が、釜山市のなんという地区にあるのかという事を、地図上で知りたかった。ここで、ガイドブックやら何やらを持っていれば、それを取りいだして、TCに迫ることが出来たのかもしれない。しかし、そういう物を持って来ていなかった私『教えたくないんだな。教えれば、ややこしいことになるんだな』ということを、この旅で、TCが示した唯一の強い姿勢から判断するだけにとどめざるを得なかった。
 実に疲れた土産物めぐりがこれにて終了し、我々は、私が発した質問のせいで、再び暗くなった車で、ホテルへと向かうコトになった。 (つづく)

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