ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No32
 眼鏡屋の奥まったところにある、金髪女性のヌードカレンダーが貼ってある扉の前にいる。
 ツアーコンダクター(以降TC)が威勢良くそれを開くと、ひと一人が、やっと上り下り出来る大きさの、勾配がきつい階段が現れた。
 照明が設けられていないせいで、コンクリートに囲まれた空間独特の暗がりと冷たさがある。この5年前行った、ソウルはチャムシルスタジアムの中に似ていた=W杯観戦記25参照=。頂上部辺りが右からの光に照らされている。これも、スタジアムの中に似ていた。
 違うのは、頂上付近からは何の音も聞こえてこないということだけだ。
 振り返りもせずTCは登って行く。我々は後に続いた。シャカシャカという、靴底がコンクリートに触れて出
来る摩擦音だけが窮屈な場所のせいか、良く響いている。
 光の射すところまで来た。
 自然に右側を向くとそこは、窓一つない、間違いなく元倉庫といえる、10u程の空間だった。壁一面に張り巡らされているステンレス製のチープな棚に、多種多様なバッグが一部の隙間なく押し込まれている。どういう訳か全て黒い。床には、大きいため、棚に並べる事が出来ないバッグが積み置かれていてる。
 そんな部屋の真中に、背の高い、170aはゆうに越えているであろう、真赤なスーツを着た女性二人が並んでいて、階段を上ってきた我々を、普段余りしていないのだろう、筋肉を無理矢理に引っ張って作ったような、ぎこちない笑顔で出迎えた。
 二人とも、とても整った顔をしている。韓国には美人が多いと聞いていたが、それは本当だった。
 そういう人達だから、視線のやり場に困って、目がやたらに大きいだけで、別にイマイチな顔ではないが、TCを『ここはどういった場所ですか』というような顔で見た。が、何も言わない。ばかりか、こちらを振返りもせずにスタスタと、女性二人のそばに寄ってゆき、彼女等と、横一列に並んだ。そうして、きびきびした、回れ右をするような動作でこちらを向くと「さぁ、どうします」と、いった、優越感を得た時に見せるような笑顔を向けてきた。
 しかし、グレーのスーツを着た160aに満たないと思われるTCは、170aをゆうに越えていそうな、赤いスーツを着た女性二人と並んでみると、調子に乗って大人の服を着ていたため、捕まえられ、これから怒られる子どものように見えたので、見せた笑顔は滑稽にしか見えなかった。なんか弱々しい。
 逆に二人の女性は恐い、そういう人は映画の中ででしか見た事がないのだけれど『極道の愛人』というふうに見える。そうなると不思議なもので、彼女達の目つきがすわっているように見えてきて、何かを買わないとココから帰れないような気がして、恐くなった。
「これが偽ブランドショップか」と、漸くに理解し、唖然とした私の他、Tさんと(横に)大きい女の子と小さい女の子、という日本人全員、階段踊り場で立ち竦み、無言のまま、中へ入ろうとしない。
 少しの、しかし、長く感じられる沈黙の後、TCが口を開いた。
「今から30分、自由時間にします」
 事務的な声だった。
 私とTさんは「どうする」みたいな顔を見合わせたまま、動けないでいた。が(横に)大きい女の子と小さい女の子は早かった。
 無言のまま、TCが先程したのと同じような回れ右をして、スタスタ階段を降りていった。一番最後尾にいた私、大きい女の子(横に)が狭い階段を降りられるようにと、階段左壁際に、両手を高くあげ、吸い付くようなカッコウをして、道を開けなければならなかった。それでも(横に)大きい女の子が眼前を通った時、息苦しさを感じ、そういう顔になってしまった。
 そしてその顔のままTCと、真赤なスーツに身を包んだ『極道の愛人』のような女性二人と目が合った。見下すかのような冷笑を湛えられていた。
「待ち合わせ場所はココにしましょうか」
 挑戦的な声を出したのはTCだった。
 ココとは、眼鏡屋の奥まった場所に設けられている、金髪女性のヌードカレンダーが貼ってある扉を開け、人ひとりがやっと通れるくらいの細い階段を上がったトコロにある、窓ひとつない偽ブランショップのことだった。
 冗談ではなかった。こんなトコロには一時たりともいたくなかったので、TCの叫びを無視するように階段を降りていった(横に)大きい女の子と小さい女の子を見習って、Tさんとふたり、さっさと階段を降りていった。
 降りきって扉を開けると、陳列されている様々な眼鏡に大きな窓からこもれる自然光がきらきらと乱反射していて、異様なまでの眩しさを覚えた。それを跳ね除けるような勢いで、立っている店員の誰とも目を合すことなく、店外に出た。


「あれすべて、偽ブランド品だったのかなぁ」
 店外へ出ると同時に大きくため息をつきながら、並んで立つTさんに、質問するでもなく、こう呟いていた。ブランド品には縁のない私、どれがどのブランドのニセモノであるかの判断はつかなかった。第一、そんな物をいちいち確認している余裕もなかった。
「ニセモノを作っている工場や店舗を、どうして警察は捕まえないんだろ」と、Tさんが何も言わないので続けると、これには「そりゃ、警察だって捕まえたいんじゃないですか」と、自らを元気付けるように、彼は応えた。そして、偽ブランドを売る人のほうが警察より一枚上手で、販売店や工場を転々としては、警察権力を巻いているという事があるのかもしれませんね。例えば夏休み、再びパンスターフェリーで韓国旅行をすれば、靴屋の二階にある偽ブランドショップに連れて行かされたりするかもしれませんよ、というような意味のことをまくしたてた最後に「W杯を観戦に来たんですよね…」と、笑った。
 彼の笑い声を聞きながら『本当は警察、全て御見通しなんだけど、職務怠慢か、それとも談合なのかは知らないが、捜査はしないことにしているのかもしれないな』と、いうことが、頭をよぎった。さらには、私達の住んでいる町に建ち並ぶ商店や、工場、ビルの一室で、偽ブランドを作ったり、売ったりされていても、警察は放っておくのかもしれないということを思ったりして、イヤな気分になった。
 何故なら、Tさんが最後に「W杯を観戦しに来たんですよね」と、言った時、02年チケット問題について色々調べ行くうちに、これは、TVやラジオで肉声を聞いた訳ではなく、活字になったものを読んだにすぎないのだけれど、何冊も本を出していて、02年大会も記者席で数多くの試合を観戦したという有名なスポーツライターが、チケット問題が起ったことについてどう思うかと問われた時『いつものことさ。FIFAがチケットをまともに売るワケがないだろ』と応えているのを、あんたのように何試合も心地よい記者席で観戦していれば、席が空いていても気にしないだろうし、ダフ屋が法外な値段をふっかけていても気にも留めないだろうなと、憤慨したことがあったのを思い出してしまったからだ。
 02年杯はチケット余り騒動があったが、前回の98仏杯では、旅行会社の空売り騒動があった。その前の94米杯でもそうだったらしいし、国内で行われるいろいろな興業でもダフ屋がいて、法外な値段でチケットを売る事は日常茶飯事になっている。
『ダフ屋がそれをどうして手に入れたのか』等ということは、この時、Tさんが言ったように偽ブランドを、何処で、誰が作ったり売ったりしているのかの捜査が難しいように、実際は調べようがないことなのかもしれない。
 しかし毎回、もしかしたら次の独大会でも同じように、何かしらのチケット問題が起きても、高名なスポーツライターが『いつものことさ』と、発言をしたように、誰も何も追及せず『単なるひとつのエピソード』として片づけられてゆくのなら、今迄にどれだけの人が一生に一度かもしれないというW杯をライブで観戦するチャンスを失ってきたんだろうとか、これからどれだけの人が、一生に一度かもしれないチャンスを失ってゆくのだろうと、98仏杯で騙され、02年大会ではチケットゲットに苦しんだ私は、やはり、考えてしまう。
 偽ブランドにしたってそうだ。私達がブランド品を購入した店が、ニセモノを掴まされているという可能性だって、例えば4年前の仏大会、チケットがないまま、せめて声援だけでもと、スタジアム周りで初出場した日本代表を応援していた人達のコトや「韓国人にはチケット、高価すぎるんです」といったTCや、日本語でしか行われなかった電話販売を、悔しさを込めた目で眺めいたかもしれない各国サポーター達の事を思い出してみれば、ゼロといえる人なんて一人もいないと思う。
 こういう問題が解決もされず、ただ見過ごされて行けば、いつか何処かで、ちゃんとしないと、何が起ってもと、気になる。
 ガラスを割られるくらいではすまないだろうという何か『ダークな雰囲気が少しずつ纏わりつく予感』というのは、気のせいと、思っていたい。


 眼鏡屋の隣りにあった、W杯グッズを山と売っている屋台のような店を囲んでいた日本人はまだいた。
 気を取り直し、そこに行ってみると、日本代表のユニフォームを着ている一人から声をかけられた。
「サッカー観戦ですか」
「ハイハイ」と、ワケの判らなトコロに連れて行かれまくって忘れてしまいそうになっていた、W杯を観戦に来たんだという、気持ちを取り戻すように、明るく言った。すると
「俺らもやねんけど、君等は大邱までどうやって行くん」と聞かれたので「セマウル号です」と、応えると、あっそう、みたいな顔をされたので「そちらはどうやって行かれるんですか」と聞いてみた。彼は少し偉そうな顔をして
「タクシーや、彼を一日雇ってん」と、私とTさんの背後を顎でしゃくった。
 振返ると、苦笑いを浮かべた韓国人小男がいた。
 前にも書いたが、釜山から大邱までは130`、京都から岐阜ぐらいの距離がある。日本で、洛南地方から岐阜までタクシーで行くと行くと、約30000円かかる。韓国なら3000円ぐらいだろうか。丸一日なら、もっと高いかもしれない。
「5人ならめっちゃ安いからな、余裕やで」といった男の顔を見ながら、タクシーを丸一日雇うなんて発想は一度も持てなかった私、言葉が出なかった
 ただ、偽ブランドショップを見た後のせいだろうか。屋台のような店の前で、スポーツメーカーのロゴマークがついていない韓国代表のニセモノユニフォームや、いい加減な縫製技術とプリント技術で作られた品々を物色する日本人達を眺めながら、物の価値という物がさっぱりと判らなくなっていることだけは気付いていた…(つづく)

<<BACK 目 次 NEXT>>

copyright©洛南タイムス社