ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No21
  私はJAWOCがHP上で公開している「2002FIFAワールドカップ日本国内チケット販売概要について」という資料をプリントアウトし、それを今も手許においている。
 それによると、日本国内で行われた試合の総数は32で、販売可能座席(チケット販売枚数であると思うが、資料にはこうある)は135万席とある。この135万席の半分である67万5千席が海外に向けての販売とされている。
 空席が出たのは、この海外販売分が売れ残ったのが原因とされていた…。 135万席の後半分、67万5千席が日本国内、要するに日本人に割り当てられた数なのだが、それを一般向け開催地住民向け・サッカーファミリー向け・日本サ
ッカー協会に所属する人・食事やお土産までついているプレステージ等に振り分けて販売すると資料には書いてある。
 それ以外に、前回記したオフィシャルサプライヤー(以降はOS)のための席と言うのがある。
 その数は4万5千席とある。4万5千席は67万5千席の約6・6lを占めている…。


 私は、これまで調べてきたコトを、チケットが当選した先輩についていって大阪は長居スタジアムでイングランドとナイジェリアの試合を観戦したKに披露して、意見を求めた。
「確かに、色々なチケット販売あったよな」と、Kは言いながら私の説明に頷き、続けて「日本代表が仏代表と引き分けたことがあっただろ」と、言った。
 それはハッサン二世杯という大会で、PK戦で敗れはしたものの、日本代表は西澤選手の素晴らしいボレーシュートにより、一時は“世界王者である仏代表に勝つか”という期待までさせてくれた試合だった。むろん私も良く覚えていたので「ああ、覚えている」というような相槌を打った。しかしKは、試合内容等はどうでもいいというような口調で「その試合での仏代表がどういう状態であったかはともかくな(その後、パリで日本代表は同じく仏代表に5―0で敗れた)」と言い、続けて「途中に何度かCMが入っただろう、覚えているか」と、言った。それがどのようなCMであるかまでは記憶になかったが、ハーフタイムでもないのに幾度も入るCMにうんざりしていたコトは強烈に覚えていたので、彼に「ああ、入ってたよな」と言ったが、Kの言いたいことが良く判らなかったので「それがどうしたのさ」と、なにげな顔で聞いてみた。
 そんな顔をした私とは対照的に、真剣な面持ちになったKは「たぶんあの頃からだと思うんだ、TVで日本代表の試合が中継される度にさ『W杯のチケットが当たる』という企業のキャンペーンCMが流れ始めたのは」と、ここまで言って、言葉を切った。
 私もそういう類のCMを散々に見ていたから“ああ、覚えてる”みたいな事を言おうとしたのだが、それを言おうと私の口が、開くコンマ何秒か前に
「そういったCMのひとつにさ、カード会社のがあっただろ」
と、まるで私の口を閉ざすかのように言った。
 チケットプレゼントを行えるのは、前回触れたように、FIFAとOS及びオフィシャルパートナー(以降はOP)契約を結んだ企業のみである。Kの言うカード会社はOPのひとつだったので、そういうCMが流されていたのは全く不思議ではない。
 だから「そりゃあったろうさ。その会社はOPだったんだからね」と、色々調べてきたんだという自負もあったため“そういうCMは流されて当然、何を言はんや”といった口調で言った。
 Kはしかし、そんな私を無視するかのように「あの会社のチケットキャンペーンさ、え〜っと、アルゼンチンで行われたワールドユース大会の頃だったかな、もう忘れたけどさ、とにかく開幕一年前はさ“ペア”つまり、2枚プレゼントだったんだよ。なのにさ、開幕直前はさ『御家族そろってご招待!!、お父さん、お母さん、お姉ちゃんと僕…それとおばあちゃん』みたいにさ、五枚一組になってたんだぜ。それってどういうコト、みたいな疑問が湧かなかったか」と、早口で捲し立てた。
 Kの言うとおりのCMが流されていたことは私も覚えていた。確かに「なんだそりゃ」とは思ったが、それよりも彼の早口に唖然としてしまったため、頭の回転が追いつかなくなり、何を言えばいいのか判らなくなってしまった。
 そんな私を“にぶいな”という顔で見ながらKは「国内販売分のチケットについては良く判ったよ。お前は良く調べたと思う」と、先ずは私を持ち上げるかのよう言い、続けて「日本国内販売座席の6・6lがOSになった企業のための席ならばさ、OSよりも6倍近くの金を払ったっていうOPはどれだけの席をもらえたんだよ」と、聞いてきた。
「えっ」
 勉強不足を突かれてしまった。私が所有しているJAWOCの資料には、国内販売分については詳細に(と、思われる)記されている。だが今大会で空席となってしまった海外販売分のチケット配分方法については、未定としか記されてない。『最高位のスポンサー契約を結んでいるOPのための席は海外販売分に含まれている』とだけ、記してある…。
 考え込んでしまった。聞かれたことに答えるため、Kが疑問を提示してきた『OPにはどれだけのチケット配分があったのか』というコトについても調べてみたいが、W杯が終了して何ヶ月も経った今となっては、もはや調べる方法など、なさそうである。

 チケット配分についての私の検証が中途半端なものであると言うコトがKによって、あっさり指摘されてしまった。
 私は持ち上げられ、そしてすぐ落とされてしまった事が非常に悔しかったが「そこまで知るかよ、OPはOSの6倍もの金を出していたんだからさ、6倍チケット、もらえたんじゃねえのかよ」と、喚くしかなかった。そんな私の喚きを無視するかのようにKは
「W杯の会場さ、何処の席が一番空いていた」
と、独り言のように、私に疑問を呈するかのように呟いた。
 私の喚きはあっさりと流されてしまった。が、ともかく、にぶい頭を回転させて、どこが一番空いていたのかを思い出してみた。そうだった。一番空いていたのは、ドイツとアイルランドの試合会場の様子を書いた時にも指摘したが、センターサークルの辺り、つまり試合を観戦するには最高の席ばかりだった。
「ISL破綻のせいでさ、W杯開催が危ぶまれていたって、お前、言ったろ」という科白を私に投げつけ「しかし、それは滞りなく開催された」と続けたKは、瞳のピントを、私をまっすぐに見つめ直すために、調整するかのように二三度瞬きをし「滞りなくじゃないだろ、チケット問題が起こっていただろ」と言った。私は黙ったままだった。そんな私に“イラツイタ”のか「例えばお前の手に入れた韓国のOS枠の三位決定戦のチケットさ、どうして日本の会社が持っていたんだよ」と喚いて、その後は黙り込んでしまった…。

…この日、別れる直前Kは「おまえ、W杯観戦記を書いているけどさ、何ヶ月も前の事をちゃんと覚えているのかよ。チケット来てない、来てないって書いてるけどさ、いつ到着したのかとかさ、ちゃんと覚えているのかよ」と、聞いてきた。

 Kは私のチケット配分方法についての中途半端な調べから、この観戦記の行く末を心配をしたのだろう。が、しかし、三位決定戦のチケットが到着した日、それを私が忘れる訳がなかった。

…無事に配達されてきたチケットは、02年6月29日大邱のスタジアム入り口でもぎられた状態のまま、今も私の手許にある。実に手の込んだ(すかしまである)印刷がなされているそれを手にしながら、私はKとの会話を思い出し、それと今まで自分が調べたコトを併せて整理してみた。


@ISLの破綻により、W杯開幕を危ぶむ声が新聞紙上を賑わせていた。
A他に類を見ない程に巨大なスポーツイベントであるW杯は視聴者数も世界一を誇る。ために、協賛
 企業にとっては莫大な効果を期待できる広告媒体でもある。
B協賛企業は、良い席を優先的に与えられている。
CW杯の観客席は協賛企業達によって占められる恐れがあると噂されている。
D今大会、空いていた席は試合を観戦するのには、理想的な席だった。
Eある協賛企業が行ったチケットプレゼントは、開幕1年前は2枚だったが、直前には5枚になってい
 た。


 韓国のオフィシャルサプライヤーである企業が所有していたチケットを、何故日本の、それも、実に怪しい“例の会社”が所有していたのだろう。私が電話したトコロ「この席はOSが確保している席ですから、すごくいい席ですよ〜」と、その会社はしきりに購入を勧めた。その通り、それは実に素晴らしい席だった。だから私は満足していた。
 しかしどうして日本国内の、売り切れた筈の観客席の、それも一番良い席が空いていたのだろう。バイロム社という、社員数十名に満たない会社のミスが全てだというのは、本当のコトだったんだろうか…。
 私は4年前の98仏杯でも騙されたから、4年後の06独大会にはたぶん観戦に行く事は出来ないと思うから、本当の事を知りたいと、今も思っている。Kの言ったコトと自分の調べたコトから大体の検討がついてきたのだが“それを確証に変えるだけのキメテ”を見つけられないため、完璧な答えを出すことが出来ていない。たぶん一生出せはしないだろう。


 チケットが到着したのは日本がトルコに負け、三位決定戦に出てきて欲しいと私が思っていてた国であるイタリアが、韓国に破れた次の日だった。
 弟が録画していた韓国―イタリア戦のビデオを観戦している時、ポストに何かが入れられる音がしたので行ってみると、何の変哲もない封筒が入っていた。それを開けてみると、なんと、チケットだった。
 待ち焦がれた末に、漸く手にしたチケットだったが、手にしたその時は、別になんの感慨も沸かなかった。それは観戦していたTVの中での試合が、結果を知っているにも拘らず、震えがくるほどに素晴らしかったからだった。待ちに待ったチケットが漸く来たという喜びよりも、イタリアの選手達を押しつぶさんかというような応援を続ける真っ赤な人々と、それを跳ねのけんかというようなパワーで何度も韓国ゴールを脅かしてみせるイタリアの選手と、真っ赤な人々の後押しを受けてプレーする韓国代表選手達の活躍を見ることが出来たコトに対する喜びのほうが、私の中でははるかに勝っていたのだ。
 韓国はゴールデンゴールでイタリアを破った。このチケットは何処から来たのかというような疑問よりも、あの韓国人たちのパワーはいったい何処から来たのかと言う疑問のほうが、6月19日の私を覆っていたのだ。
 私は5年前、韓国で初めて見たサッカーの国際試合の事を、漸く来た三位決定戦のチケットを放り出して、思い出していた…。(つづく)

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