ワールドカップ観戦記
梅原 幹正

No12
 さて、アホだなと思っていたチケットの取得を代行しますという会社から「三位決定戦のスポンサー枠チケットをご提供できますけれど、如何でしょう」という提案を受けた時、私が「買います、いくらですか」と即決出来なかったのは、4年前に騙されたから冷静にならなければと思ったのではなく、ましてや、この会社が言うように、自分の名前がチケットに記載されないというのが気に入らないから(前に記した様に、4年前もアルゼンチンサッカー協会のチケットだった)でもなく、それを始めたのが何時頃か、もう忘れてしまった程に長い間続けてきたチケットゲット
の挑戦が、広告を見た時は異常なほどに期待して電話をかけたにもかかわらず、受話器越しに行なったやりとりから、アホだと絶望していた会社からの全く突然の提供によって終わるという事が、今考えてみれば実にアホらしいんだけど「いつか、私とチケットは“劇的”な展開を伴って出会う事になるだろう」と勝手にわくわくしたりしていた事とのあまりの差と、この原因を起してくれたFIFAとバイロム社を許す事が出来なかったからかもしれない。


「なんですか、劇的な出会いって…」
 と、会社でTさんが聞いてきたで、先のような事を説明し「だろ〜、劇的が“喜劇的”に変わっちまっているよ」と、ぼやいた私に彼は「買いましょうよ、ここで買わないとホントにダメかもしれないですから」 と、“そんなこと言ってらんないっしょ”と、言わんばかりの威勢で決断を促して来た。
 “危急存亡”
彼の威勢に押され、こう思った私は「そうだね、ここで買わないと次はもう無いかもしれないね。わかった、明日それを購入する旨、電話しておくよ」と言って、この“ドラ声を持つ男”と“キレイな声を持つ女の子が”勤務する会社からチケットを購入する決断をした。
 Tさんが「朝イチで電話してくださいよ、なくなるかもしれませんからね」と、念押しするので
「まっ、これで明日『売り切れましたよ』なんて言われたら、確かに観戦のチャンスがなくなってしまうよな、そうなったらどうする」と、まだ少しばかりあった劇的な方法への未練を隠し切れない口調で語ると、
「その時は電話販売に賭けますわ」と、私の気持ちを知ってか知らずか、彼は笑いながら言った。
 その通りで、この日(6月6日)、余りチケットの電話販売決定が発表されていた。それはとっくの昔に売り切れ、“プラチナ化”していた筈の、日本対ロシアの試合、日本対チュニジアのチケットまでもが、それぞれ750枚も余っているという事や、他の試合でも最高5000枚近くのチケットが売れ残っているという事が判明したから、それを電話で売り出すという驚くべき発表で、その受付電話番号が各報道機関を賑わせていた。
「かけるんですか」と聞かれたので、気を取り直すように明るく元気良く、
「かけるに決まってんじゃん、日本国内でも試合を観戦出来るチャンスが転がって来たんだからね。もう1ケ携帯電話の契約をして“二刀流”でチケットゲットに望みたいくらいだよ」と、大げさに言い、電話番号をしっかりとメモしておいたから、“戦闘準備”は万端という顔をしてみせた。
「そういえば、気付いてます」と、Tさんは謎をかけるかのように言い、続けて
「最初の計画では、今日の試合を観戦する予定だったんですよ」と、言った。
 そうだった、最初の計画ではこの6月6日に大邱で行なわれるセネガルとデンマークの試合を観戦するつもりだったんだ。そうだ、最初に計画を立ち上げてから、もう1週間も経っていてたのだ。
 全64試合中20試合を消化したこの日までだけでも、チケット問題の外にも、予想とかけ離れた出来事が色々起こっていた。
 選手達も何処か“ヘン”
 例えばこの日、スロベニア代表チームのエース選手が、監督と大喧嘩をしてチームから離脱している。彼は喧嘩して帰国したのかと思いきや、チームにはするという。大会前に、アイルランド代表チームのキャプテンが監督と喧嘩して帰ってしまったかと思えば、今日はこのスロベニアの選手だ。そうそう、期待を集めるポルトガル代表チームの背番号10を背負う選手も、最初の試合で格下と思われていたアメリカに負けた時、監督と対立している最中だったらしい。ヨーロッパ人にとっては、行った事もない日本とか韓国というアジアの果てに滞在するというコトは、相当に苦痛なコトだったんだろうか。それとも、やはり開幕が早過ぎていたんだろうか。疲れが取れない中で、これだけ注目されている大会に臨むというコトの重圧は想像出来ないが…。
 ともかくも、色々とストレスが溜まっているように感じた。仏大会ではこんなコト、なかったと思う。
 余談だが、スロベニアと言えば、Jリーグのジェフユナイテッド市原でプレイしているミリノヴィッチ選手を代表に選んでいる国。そして彼は、日本人と韓国人以外では唯一W杯出場を果たしたJリーガー。それだけに、この国にも私は注目していた。
 それにしても、4年前の仏大会ブラジル代表にはドゥンガ選手にサンパイオ選手、ユーゴスラヴィア代表にはストイコヴィッチ選手とペトロヴィッチ選手と、Jリーグで活躍していた選手が何人も出場していたのに、今回は韓国人と彼だけとは、ちょっと寂しい気がする。94年米大会終了後みたく、また多くのW杯選手がJリーグにやって来て欲しい。そうすれば、Jリーグ人気もさらに高まると思うから…。


「三位決定戦に出て来て欲しいのは、アルゼンチンかフランスか、う〜ん、ウルグアイでもいいな〜、あはは、待て待てイタリアを忘れていたよ。なにはともあれ、何処が来るか、今からわくわくだよね」と、強豪国進出の期待を込めて言うと、
「また、そんな、まだチケットを手にしてないでしょ」 と、獲らぬ“タヌキの計算”を始める私を制するようにTさんは笑い、続けて「なんか、忘れてませんかね〜」と、またまた謎をかけるかのようにのたまった。
「今度はなんだよ」と、少しムッとしながら言うと、
「韓国は海の向こうの外国さんですよ、さ〜、どうやって行きますか〜」と言った。
「あ〜」
 チケットゲットに夢中で、それをすっかり忘れていた。このままでは“ふりだし”に戻ってしまうではないか。
「そやな、それを考えてなかったわ」と、がっくりしたように言う私を尻目に彼は、私が買ったあの短期間低価格の旅行を多数紹介している雑誌の最新号を取りいだし、
「これを注文しようと思うんですが」と、付箋をつけておいてあるページを開くや、私と彼の間にある机に置き、記してあるツアーの一つを指差した。
 そこには

『パンスター号で行く、週末釜山3泊4日の旅・19800円』

と記されていた。

“安い”

 言葉を失ってしまった。出発地は大阪港で、現地には一泊(船の中で二泊する) しか滞在出来ないが、試合を観戦するだけにはピツタリの“激安ツアー”。

 私が最初に立てた計画(ワールドカップ観戦記B参照)と同じ様に船で行くのだが、私のは下関出港で、そこまでは自力で行かなければならなかったのだが、これは大阪南港出港だという。もちろん、ホテル&送迎付き。驚いて彼の顔を見上げると、光り輝いていて、眩しいくらい。
「まっ、そちらばかりに忙しい思いをさせるのは悪いと思いましてね、で、色々探しておいたんですよ」 と、滑らかな口調で感動的な科白を吐き出してくれた。
 彼のおかげで我々のワールドカップ観戦記は“ふりだし”に戻らずに済んだ。
「これに決定!!、君はそれを早速申し込んでくれ。私は朝一でチケットを申し込んでおくよ」とチケットゲット第一幕の終結宣言した。
 次の朝(6月7日)、私は例の会社にチケットを申し込む旨の電話をかけた。チケットは売り切れていることなく、私は韓国の航空会社がスポンサー枠として確保しているチケットゲットに成功した。
 後はチケットが配送されて来るのを待つばかりである。Tさんもツアーを申し込んでくれた。ツアー会社は「普通は出発の3週間前には申し込んで頂くもんなんですけどね〜」と文句を言ってきたらしいが、Tさんの行動力の甲斐あって、最終的には申し込みを受け付けてもらえた。

 続いて楽屋裏までも曝け出すような乱暴さで開いた電話によるチケット争奪戦の幕が上がるのを見つめながら「完全に諦めていた日本国内での観戦が叶うかも」と、期待を膨らませた私は、韓国ラウンドで行なわれるチケット取得の代行をしますという会社との最後の電話ヤリトリが、ほんの2〜3分のモノであったにも拘らず、バッテリーを気合いもともに充電させるかのように、携帯電話充電器へ切ったばかりの電話を押し込んだ。

 チケット争奪戦の第一幕は結果、ハッピーエンドに終ったが、多分に喜劇的で、ハッピーエンドというよりは“オチ”と呼ぶ方が、情けないけれども、ふさわしい結末を迎えた。
 しかし、第二幕はそうはいかない。そうだ、間違っても、繋がったのはいいけど、バッテリー切れにより、電話が切れてしまったなんて“悲劇”が起こったら、劇的などは望むべくもなくなってしまう。
 劇的を望んでいるのに、悲劇にまで落ちたとあっては、喜劇すら懐かしくなってしまうという羽目になる。
 それもこれも、何処の誰のせいだと考えた時、ベルギー戦の前日、チケット受け取りセンターのガラスをメチャクチャに壊した人達の気持が、すこし判った気がした…(つづく)。

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