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| ■検証 六地蔵ものがたり A |
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宇治ショップセンターの未来は? 数々の裁判、内部対立が不信招く 営業店舗少なく、商人もコメント拒否 |
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長期化した民事裁判はようやく終結へ 「六地蔵ものがたり」も明治から大正期をあっという間に過ぎ、テーマとしてめざしていた地域商業活性化の展望、それまでの歴史過程の検証をしていきたい。地元住民同士の対立に見え、実は裏側で直接か間接かはともかく大型店の進出をめざした駆け引きも熾烈(しれつ)だった。泥沼化していた地元対立、裁判、感情的なしこりもようやく雪解けが見え始めており、沈静化しているかのようにも見えるが、まだ終わってはいない。残念ながら……。 宇治市の北の玄関口、六地蔵地域住民の台所を支えてきた宇治ショップセンターの全焼、焼失というショッキングな出来事。生活の糧の拠点でもあった店舗を失った組合員たちには極めて深刻な事態だった。 建物を支えていた鉄骨はアメのように折れ曲がり、焼け崩れたコンクリート片が散乱する現場を前に商人たちもやり場のない悲しみでいっぱいだったが、火災当日には近くの京都醍醐プラザホテルで臨時総会を開き、年内再建をめざして全員が協力しあい、団結することを確認。さっそく火災保険手続き、再建資金の手当てなど具体的な動きも始まった。 再建に大きく立ちはだかったのは資金と大規模小売店舗法。店舗面積が500平方bを越える場合には大店法にともなう手続きが必要で当面の生活資金確保も必要だった。 しかし、組合員はもちろん、宇治市・宇治商工会議所の強力な働きかけもあってか、京都府も異例といえるほどの柔軟な対応で再建を支援。2つの分棟方式を採用、生鮮食品を扱うA棟(496平方b)と衣料品・日用雑貨類を中心としたB棟(244・37平方b)の店舗規模にし、約半年後の1986年(昭和61年)12月に「仮店舗」という位置付けながらも営業を再開。歳末セールに間に合った経過がある。六地蔵地域の商業核店舗でもあっただけに周辺住民の中には我が事のように喜んでくれる人もあった。 ところが組合員全員が入店できなかったこと、水面下にあった大型店・開発業者の誘惑、あらゆる巧妙な手口、時には脅しだったり、莫大な金銭だったりした甘言、まさに「飴と鞭」工作が再建への動きとともに活発化していた。「今になるとこの当時からのことを書けば一冊の本、ストーリーができるのではないかと思う」(組合員)という人もいる。どんな話があったのか……。(つづく) |
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