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| ■素人農業体験レポート |
| お百姓さんがいて、僕らがいて |
| 甲斐貴志 |
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第22回 御杖村の星は綺麗だった。七夕でもないのに天の川が流れていて、夜中にそれを眺めたりした。そうしながらも土の上に立っている自分には、のんびりと眺めてはいられない様々な状況があった。 天の川の下で、「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」という詩を思い出した。 欲がなく、いつも静かに笑って、自分のことはお構いなしに人を助け、日照りのときは涙を流して冷夏のときはオロオロし、みんなにデクノボーと呼ばれて褒められもせず苦にもされない人間のような、そんな苦難にまともに対峙できるほどの人間ではない自分を思った。 宮沢賢治は「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と願ったけれど、僕は「そうなれれば良かったのかもしれない」というくらいの弱い気持ちだった。「デクノボー」になるには色々と考えてしまうことが多すぎた。 脱サラしてまで始めた農業を辞めてしまうのは、会社を辞めたり、農業を始めたりすることの決断以上の勇気が必要だった。人生の方角としては、やはり後ろ向きで、当面は目標を無くして足踏みしなければならなかったからだ。 今は新たな目標を見つけて生活を続けている。改めて農業を職業として考えることはない。 ほとんどの人は、土の上ではなくアスファルトやコンクリートで覆われた領域に暮らしている。土と付き合わずに生きてきた僕らが農業を始めるのは、様々な現実的問題も含めて本来無理のある話なのかもしれない。 どのみち、職業としての考え方が甘く、もっと心して掛かっていれば、違う結果が生まれていたのかもしれない。 今、田んぼや畑を見ると、手におえなかった領域だけに複雑な思いがする。ふったのかふられたのか分からないが、そういう相手だ。未練はないけれど。 現実的にも感覚的にも僕らの日常生活と農業は一体化されず、完全に切り離されている。そんな環境の中で僕らは食物を生み出す土に頼っている。土の上に生きるお百姓さんを僕らは必要としている。 お百姓さんがいて僕らがいて…という連続した関係。それは、意識しなければ忘れてしまいがちなことだ。 これからの農業を誰がどう変えていくのかは分からないけれど、せめて僕は趣味の土いじりだけでもさせてもらえれば、と思っている。そうやって農業を忘れないことが、一生お世話になる土とお百姓さんに対する僕の敬意だ。 (おわり) |
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